KT88の入手
同 じマンションにお住まいの方から GOLD LION のKT88をもっているから、『このアンプで鳴らしてみませんか』という提案がありました。この方は古くからの愛好家で、KT88シングルのアンプをお持ちで、予備として KT88を2本所有されていました。この4本のKT88は英国製のオリジナルです。シングルアンプなので、ペアチューブではありません。現用中の 2本と予備2本の中から、どの組み合わせならばプッシュプル用として使えそうかのテストから始めました。結果としては1組だけペアが揃いました。 もう1組のペアを入手しなければいけなくなりました。ヤフオクなどでオリジナル GOLD LION KT88 の価格を調べましたが、中古でも手の届く金額ではなく、Genelax(ロシア製)でもいいお値段でした。手を出しうるものとしては EH(ロシア製)がありま したが、GOLD LION にこだわりたかったのでしばらく思案しました。たまたま、イギリスのEU脱退が決まり円高が進み、海外から買ってみようと思い立ち、アメリカの e-Bayという通販会社のサイトで Genelax (ロシア製)KT88 GOLD LION の新品を見つけ購入しました。送料を含んでも国内価格の8割、輸送期間は10日ほどでした。
余談ですが、KT88をネットで探している時、ビンテージというかオリジナルの真空管は高値で取引されていることを知り、6550EH以前に使用 していたSiemens製EL34、2Xペアーの4本をオークション出品しました。アメリカから購入した2本のKT88+送料を賄ってもおつりが 出るほどでした。
KT88のペアリング
真空管テスターを持っていませんので、アンプ本体を使って、特性を測りました。Ik=30、35、40mAになるグリッド電圧を計測し、この計 測値から相互コンダクタンスを算出してみました。(相互コンダクタンスの単位は、昔はモーと言っており、Ωをさかさまにした字で表していました が、今はSiemensという単位になっています。表中のmSはミリセックではなく、ミリシーメンスと呼びます)
Lot No. | グ リッド電圧Eg1(V) | 相 互コンダクタンス(mS) | ||
@Ik=30mA | @Ik=35mA | @Ik=40mA | ||
8110Z | -65.1 | -63.4 | -61.8 | 3.03 |
7915 | -61.5 | -60.1 | -58.7 | 3.57 |
8113Z | -61.7 | -60.3 | -58.8 | 3.45 |
8001Z | -56.8 | -55.3 | -53.9 | 3.45 |
上表は計測値と相互コンダクタンスの計算値を示しています。左図は計測値をグラフ化したもので、勾配が相互コンダクタンスを表しています。マッチ ドペアとしてふさわしい組み合わせは直感的に分かります。
Lot No.7915と8113Zを使用することにしました。このLot No.は真空管に表示されていました。さすがにオリジナルはすごいですね。この番号はたぶん製造年を表してはいるのでしょうが、3桁目、4桁目はそうでもなさそうです。い ずれにせよ、同一のLotのものではありません。
入念な調整
調整ポイントと計測ポイントを下図に示します。
DCバランス とバイアスの調整
固定バイアス式プッシュプルアンプでは必ず実施しなければなりません。その前提として電流測定抵抗(シャント)は両Ch.分の4本を交換しまし た。少しでも精度よく測定するためです。10Ω3Wですが、あいにく1%の抵抗が入手できず、10本購入し、選別しました。一般のテスターでは 10Ωという低い抵抗値は精度よく測れません。別項で記載の低抵抗測定用定電流電源を利用しました。こちらから
2%ほど低い抵抗値を中心に±1%程度に選別できました。
調整前に入力VRを絞り切り、無信号電流=30mAになるようDCバランスとバイアス調整を簡単に行い、エージングのために12時間放置しまし た。その後、無信号電流=35mAになるよう1時間に一回、調整を繰り返しました。(6時間) DMM(デジタルマルチメーター)を2台使い、上図のM3は0Vに、M2は0.35V(Ik=35mA)になるよう繰り返し調整します。Ik=35mAはAB1級の動作に なります。この設定で最大出力は25Wになりました。
ACバランス と動作点の調整
今までは出力管がマッチドペアであることを信じ、動作点はドライバー段出力電圧が最大になる抵抗値を、ACバランスはドライバー段の上アームと下 アームの出力電圧が同一になる抵抗値をシミュレーションで探り出して、VRにセットしていました。今回は出力管がマッチドペアでないこともあり、 新たな手段で調整します。
出力管がマッチペアではないので、特にACバランスでは、出力管とドライ バーを含めたゲインを上アームと下アームバランスさせなければなりません。今回はフリーソフトの『WAVE GENE』と『WAVE SPECTRA』を利用した歪率計を用いて調整しました。歪率の値を精度よく測ることが目的ではありませんので、発振源は『WAVE GENE』でよしとしました。精度よく歪率を計測する方法についてはこ ちらをご覧ください。
歪率測定回路と準備
歪 率測定のために準備
1)DUMMY LOAD UNIT(左図) 8Ωのダミーロードが必要です。大きめのヒートシンクにDALE製クラッド抵抗(8Ω 50W)、100ΩVR、抵抗 (220Ω 1/4W)を取り 付けたものをあらかじめ作っておきました。
2)PC フリーソフトの『WAVE GENE』 と 『WAVE SPECTRA』をインストールしておいたもの。
3)USBサウンドデバイス LINE IN と LINE OUT があるもので、一般的なものです。PC本体に LINE IN と LINE OUT があれ ば必要ありませんが、配線ミスなどでPCに被害を拡大させないために、入れておいた方がよいでしょう。
このPCあるいはサウンドデバイスのアナログ入出力を使う方法は、アンプ入出力のアースは同電位でなければなりません、TRIPATHのチップ を使ったデジタルアンプやBTL出力のアンプには使えません。回路図でよく確認しておく必要があります。
『WAVE GENE』 と 『WAVE SPECTRA』の 設定
1KHzで歪率調整するときの私の設定です。
1)『WAVE SPECTRA』 ドライバ→Direct Sound、再生/録音デバイス→使用するサウンドデバイス、録音フォーマット→
48000s/s 24bit、サンプルデータ数→4096、窓関数→Hanning
2)『WAVE GENE』 再生デバイスや録音フォーマットは『WAVE SPECTRA』に合わせておきます。発生信号はサイン波、1kHz、発振レベルは-3dBにしておきます。重要なのは発振周波数の欄を右クリックしたときの設定項目で す。『FFT用に最適化する』をクリックし、『FFTサンプル数』を『WAVE SPECTRA』 合わせておかなければなりません。
ここで、一度、サウンドデバイスの入出力をループバックして動作させ、波形や歪率を計測できることを確認しておいてください。
下図は、その画面イメージです。
以上で準備完了です。
ACバランスと動作点の調整
歪率測定回路のように配線し、VR2は絞っておきます。
1)『WAVE GENE』を起動し、1kHzで発振させます。アンプ入力のVR1を徐々に上げ出力電圧が9Vになるようにします。9Vとは出力 10Wの意味です。この電圧は本来 ACVMで測ります。私はPCオシロのPICO SCOPEあるいはフリーソフトのTRUE RTAを使っています。
2)次に徐々にVR2を上げていき、『WAVE SPECTRA』の上段の波形がMax.の8割程度になるようにします。下段グラフの左欄外に表示されているTHDの数値が歪率です。
3)この値を見ながら、動作点調整VRとACバランス調整VRで最小となるよう、繰り返し調整します。夜に実施したほうがよいかもしれません。 ベースとなるノイズが低いからです。
この方法によれば、1kHz、10Wというある1点で最適調整されたことになります。真空管やトランスも含み、ノンリニアの要素が沢山ありま す。よって、多点でこの方法を実施しても異なった状況になるかもしれません。どの設定にするか混沌としてきますので、1KHz、10Wで割り切る ことにしました。
聴いてみて
いつもどおり、ブラインドで聴いてもらった感想です。友人たちからは音の輪郭がはっきりし、立上がりが極めてよくなったとの評価です。特に JAZZ PIANOが顕著とのことでした。また、住民で聴きに来るわけではなく散歩されている方に、外に漏れ聞こえてくる音がずいぶん変わりましたね、とも言われました。この要因 が、『KT88』なのか、『GOLD LIONの』なのか、それとも『調整方法の変更』なのか、判然としません。アンプ製作マニアとしては、もとに戻して試してみたいところですが、よい音で音楽を聴くという趣 旨からみると逆行とも思えますので、しばらくこのまま聴くとしましょう。