電流帰還アンプって何?
市販されているオーディオ用アンプはほとんどが1)に示す電圧入力/電圧出力の電圧帰還型です。Zoをスピー カーとするとその入力WはP=(Vout)^2/Zo (^2は2乗の意味です)になり、1/Zoに比例します。下図は某社製ウーファーの音圧レ ベルとインピーダンスの周波数特性ですが、公称インピーダンスが8Ωであっても60Ωにも達する周波数域があります。
アンプの周波数特性がいくら良くても、スピーカーへ供給される電力は1/Zoに比例するので周波数により大きく変化します。また、Zoは等価回 路のようにR+L+Cで表せます。ですから流れる電流の立上りは時定数を持つことになります。
2)は電圧入力/電流出力の電流帰還型です。負荷Zoに電圧入力に比例した電流を流します。スピーカーに供給される電力はZoに比例するので、 上記のインピーダンス特性と同様な形、高域が持ち上がった電力の周波数特性になります。また、Zoの電流レスポンスが早くなります。R+L+Cに電流 を流し込むため、大きな電圧が出力できるアンプでなくてはなりません。
3)は電圧帰還型と電流帰還型を併用したもので、仮にハイブリッド型と呼ぶことにします。R1、R2、R3の選択により特性は変わりますが、疑 似的な電力制御風にもなります。
電流帰還アンプの得失と私の選択
世の中でよく言われている得失について整理してみます。
〇シングルコーンのスピーカしか使えない。
〇スピーカーのコイルの許容振動ストローク範囲を超えメカニカルに破損するかもしれない。
〇立ち上がりがよく、歯切れのよい音になる。
〇そもそも一般のスピーカーは、電圧駆動のアンプで定義されているので、意味はない。
〇Zoに応じた電圧を必要とするので電源は高電圧、かつ出力素子も高耐圧でなくてはならない。
1)手持ち部品の流用、主に電源トランス(SONY製)コンポステレオのジャンクから
2)なけなしのWooferを壊したくない ALTECの38㎝
3)負荷(スピーカー)オープン時の大きな電圧
4)何となく電力制御型がいいような気がする
こんな理由から電圧帰還(固定)+電流帰還(可変)の回路にしてみました。ほぼ電流帰還型か ら電圧帰還のみのものまでテストが出きます。
設計
左 図は全体のブロック図です。
回路図はこちらから
メインアンプ
音質に定評があるSTマイクロ社のTDA7294を使いました。内部回路構成はやや古めかしいものです。電源電圧がもっと取れるのであれば TDA7293のほうがよいでしょう。回路的に現代的なTI社のLM3886という選択肢もあります。
DCサーボ
このTDA7294をDCアンプとして使用するため、DCサーボ回路を加えました。低オフセットのオペアンプLM358を使用してその調整回路を 省いていますが、DMMで測定する限り無信号時時の出力電圧は1mV程度なので、充分だと思います。反転積分回路+反転アンプで構成しました。非 反転積分器でオペアンプ1素子 を減らすことも可能です。積分コンデンサの数が倍になります。コンデンサよりオペアンプのほうが安価というつまらない理由です。
電流検出アン プ
実は、あとからハム対策のために追加した回路です。電流検出抵抗の両端の電圧を差動アンプにフローティングで入力します。ゲインは 1倍。
電流帰還ゲイン調整
ブ ロック図では可変抵抗で 描いてありますが、実際は、ピンヘッダー、ショートプラグと3個の抵抗(560Ω、1k、2.2k)で ショート、オープンと 7段階の抵抗値が得られるようにしてあります。ショート時はほぼ、電流帰還型に、オープン時は電圧帰還型および7段階の抵抗 値によりハイブリッド型になります。あれこれ試行錯誤しそうなので再現性を重視しました。
左図は電流帰還抵抗をショート、オープンと308Ωとした時の、電流、電圧と出力のシミュレーションです。横軸は負荷抵抗(4~32Ω)、入力 は0.5VRMS。
赤線は出力、緑線は電圧、青線は電流を表し、それぞれの3本のグラフは電流帰還抵抗(0、308Ω、∞)の意味です。
抵抗0の時にほぼ電流一定に、308Ωの時に何となく電力一定になることが読み取れます。負荷抵抗8Ωでは帰還抵抗に関係なく24W(0.5V 入力で)が表示されていますが、帰還抵抗を0、すなわち電流帰還型に設定すると負荷抵抗の増大とともに電圧が大きくなりすぐにクリップしてし まうことも分かります。電圧軸はRMS値です。よってグラフ上の電圧X√2+3.5Vの直流電源電圧が必要。3.5VとはTDA7294のヘッド ルーム電 圧。
MUTE/STDBY コントロール
TDA7294 のDatasheetでは、電源ON時にSTDBYをMUTEより先に立ち上げ、OFF時にはMUTEをSTDBYより先に立ち下げるよう記載さ れています。今回は電流帰還アンプなので、スピーカーリレーをON/OFFする時に電圧が立ち上がってしまいスピーカーにダメージを与えかねませ ん。STDBY/MUTE端子を使い、スピーカーリレーON後にMUTEを立ち上げ、OFF後にMUTEを立ち下げる回路を作りました。左図はそ の様子のシミュレーションです。電源ON後、STDBY回路CR時定数ででSTDBYがON。約7Secでスピー カーリレーがONし、その50mS程度でMUTEがON(UNMUTEの意味)することを示しています。
左図は立下り時の拡大です。MUTEが立下り、約50mS後にSTDBYが立下ります。こんな回路です。
ソフトスタートとスピーカーリレー
過去何回かアンプの製作記事を紹介してきましたが、オーバーな回路になりすぎと、反省しています。実用上、ポップノイズが出ない 程度あればよし、ということで簡素化を心掛けました。AMAZONで中国製の2種類の超安価な"Speaker Protection relay"を購入しました。この2種は機能的には同じでオンディレータイマーとDC成分検出保護です。
現物から読み取ったオリジナル 回路はこちらから
これらを改造して使用します。また、ソフトスタートリレーON後にスピーカーリレーのタイマーがスタートするインターロックとスピーカーリレー OFFの信号でアンプを”MUTE”させるためのインターフェースなどを小さなサブボードで作りました。
改造詳細はこちらから
クリップ表示
電流帰還アンプは原理的に負荷インピーダンスの増大とともに、出力電圧は大きくなります。限りある電源電圧では必然的に出力がク リップしやすいのです。実用出力でクリップするようであれば、電流帰還ゲインを減らす調整をしなければなりません。運転中でのクリップ状態を知る ためにウエッブサイトで探し出した、シンプルで効果的な回路を付加しました。出力電圧の負側で負の電源電圧をVNとすると、VN+3.5Vより信 号電圧が下回った時にLEDが点灯します。+3.5VとはTDA7294の負側のヘッドルームです。
くだらない余談です。オペアンプなどを含むソリッドステートのアンプは電源電圧以上の出力電圧は得られません。電源電圧に対してどこまでの電圧 が取り出せるかを車用語で表した言葉がヘッドルームです。シートに座った時の頭から天井までの空間をヘッドルームと言います。電源電圧のぎりぎり まで出力できることを和製英語?ではフルスイングといいますが、海外ではレールツーレール(Rail-to-Rail)と呼ぶことが多いです。こ のRailとは鉄道のレールです。電源電圧母線がレールのように描かれるから、そう呼ばれるようになりました。電気技術的なことを車の世界で言っ てみたり、鉄道の世界で言ったりするセンスがいいね。
電源回路
電源トランスはSONY製コンポに使われていたジャンクです。(100/28-CT-28/10-0-10V) 容量はよく分かりませんが、大きさからみると100VA~150VA程度でしょう。
後からハム対策でリップルフィルターを正負に挿入しました。これもジャンクのパワトラ(2SC2581、2SA1106 サンケン)と汎用の 2SC1815、2SA1016をダーリントンで使っていますが、電源電圧の低下を少しでも減らすためにインバーテッドダーリントンにしました。 小さなヒートシンクを付けました。
DCサーボ等の回路用の±15VはシャントレギュレータTL431を使用して安定化してあります。3端子レギュレーターでもいいのですが、小容量 でよい場合は、部品点数が少ないのです。
製作
全体
ケースは自作です。左側がBack panel、右側がFront panelです。底板とBack panelとFront panelは木製でコの字型にボンドで張り付けています。右側面にはYAMAHAのエレクトーン用アンプのジャンクの大きなヒートシンクが配置されています。このヒートシ ンクにはサブシャーシーが付いており、メインアンプボードとDCサーボボードが一体で引き抜ける(左写真の上側に)ような構造です。左側のサブ シャーシーにはソフトスタートボード、スピーカーリレーボード、サブインターフェースボードと電流検出抵抗ボードが取り付けられています。右上は 整流+平滑ボード、右下はリップルフィルター+クリップ検出ボードです
ケースとサブ アセンブ リー組立
左写真は木製ケースでニスを塗っています。写真の右側面が正面側。底の穴はトランスの通気孔。
右写真はソフトスタートモジュール、スピーカーリレーモジュールとその間のインターフェース回路を一体化したアセンブリーです。
左写真はアンプボード、DCサーボボードとヒートシンクを一体化したアセンブリーで、ケースの右側面から引き抜くことができます。DCサーボの 基板面はアンプボードより10mm高く、アンプボードへの太い配線のアクセスを容易にしました。右写真はその拡大です
。
左 はフロントパネル、右がバックパネルです。スピーカーターミナルもジャンクですが、電流帰還アンプなので、もっとしっかりしたものを使うべきでし た。
アンプボー ドは市販のキットを改造して使用しました。オリジナル回路とその改造詳細は こちらから。
キットは改造するため、実装密度の少ないものを選びました。aitendo{K-7294DA}で、たぶん中国製ですが回路図は無くパターン図は ネット上で公開されてい るだけです。DC11~25V用と書いてありますが、パターンはスカスカで耐圧に問題は無そう、コンデンサーの耐圧のみで制約されているようで す。耐圧をチェックし50V以上のものに交換しました。電源電圧は35Vで使っています。
トラブル
ハムがでる
製作して一通り動作チェックをして試聴したところ、仲間から無信号時にかすかにノイズが出ると指摘されました。私の周波数特性の悪い耳(低音域で ゲインが低下する)では気付きませんでしたが、スピーカーに耳を付けてみると確かにハムらしき音がしました。
左 は無負荷(実際は470Ω)、入力無しの時の出力電圧です。
上が出力端子につないだAch、中はBchのプローブをショートしたもの。下はA-Bの波形です。A-BはPCのバスパワー用5Vに乗るノイズを キャンセルしたものです。
いずれにせよ20mS周期のノイズが乗っています。電源周波数に起因していることは間違いありません。このノイズは電圧帰還モードでは全く発生し ません。電流測定用抵抗のGND側が振られているようです。
対策として、最初に電源リップルフィルターを挿入しました。ところが様相は全く変わりません。次の対策案はGND母線の強化ですが、電流測定抵 抗+アンプ部の配置変更になり、作り直しになってしまいます。悩みましたが、電流測定抵抗の電圧を差動アンプでバッファーしてみたらどうかと気づ きました。手持ちのNE5532で簡単に回路を作成して波形観測してみたところ、解決を確認しましたが、ずいぶん時間がかかってしまいました。 意味があるかどうか分かりませんが、リップルフィル ターはそのまま残しています。
ソフトスター ト用限流抵抗が破裂
上記の改造作業後に電源を投入したら、数秒技に煙が出てきました。すぐに電源を切り、もう一回電源投入したらパンといって限流抵抗 が破裂しました。配線を見直していたら、何とDC電源出力からの引き回しで短絡させていたのです。抵抗を交換、配線チェックして電源投入したら問 題なく動作しました。他に被害はなく幸いでした。fuseも切れず、ダイオードも破損せずという状態です。回路的に定常状態に安定し、熱耐量の少 ない抵抗のみが破裂して、なかば抵抗がFuseの役割を果たしてしまいました。
後付けでシミュレー ションした結果が左図です。直流電流は4.7A、交流 電流は2.52A、補助巻線の電圧は2V強で安定してしまいます。よってFuseは切れず、ダイオードも壊れず、さらにソフトスタート回路用電源も喪失してし まい、限流抵抗を短絡するためのリレーもONすることができません。これは最悪の状態です。直流短絡はめったに起きませんが、現在は限流抵抗に温 度fuse(85℃、5A)をステンレス線で縛り付けておき、回路的にはメインfuseと直列に挿入してあります。
この回路の保護が難しいことは承知していました。でも決定的にいい対策は難しいのです。
・補助巻線は使わず、補助トランスを設けるべき。
・限流抵抗を連続で耐えうる容量にすべき。
・抵抗を使わずパワーサーミスターしたほうがよいのでは?
・直流側にfuseを入れるべき。
どれも完全ではないし、選定も難しく、コスト的にもどうか、という感覚です。
スピーカープ ロテクションモジュールが正常動作しない
中国製の『Speaker Protection Module』を2種、興味本位に購入してみました。一つはアンププロテクション専用ICのUPC1237を使ったモジュール完成品、もう一つはディスクリート部品のキッ トです。キットを組立てて単体テストしました。
どちらもオンディレータイマーは正常動作。アンプ出力DC成分検出→リレーOFFの回路はいずれも満足に動作せず。
UPC1237の方はICの3番ピンが根本からない!動くはずが無い。ディスクリートの方は出力端子に正負のDC電圧を与えて、リレーOFFをさ せて後で復帰しない。結果としては”Left ch"のマイナス側検出のトランジスターが破損していた、と思われます。
8080という欧州オリジンの汎用トランジスターですが、2SC1815に交換し正常動作になりました。
中国からの通販の真実を見た気がします。
必然的にUPC1237の方をソフトスタートリレーとして使うことになりました。時定数は既存のRとパラに抵抗を半田付けし0.6Sec程度にし てあります。
評価
アンプとしてのひと通りの動作テストは電圧帰還モードで行いました。周波数特性や歪率測定はしていません。このアンプに限りあまり意味が無いよ うに思えましたので。電流帰還が思うよう動作するのかを重点的にチェックしました。
右が実測、左がシミュレーションです。入力=0.52V 電流帰還抵抗=1kΩ X軸は負荷インピーダンス(4~32Ω)で電圧、電流、電力のグ ラフです。当たり前ですが、完全に一致しています。
現在は2WayマルチチャンネルのシステムでWoofer側をこのアンプで試聴しています。なけなしのALTECのWooferなので、恐る恐 る電流帰還抵抗を2.2kΩからスタートして、2.2K→1K→700→560Ωとステップ的に変えてきました。100㎡くらいのリスニングルー ムなのでかなり音量は上げていますが、まだクリップ状態になったことはありません。
確かに、低音のブーミー感は驚くほどなくなり、立ち上がりがよくなってきています。2Wayのクロスオーバー周波数は350Hzですが、これもパ ラメーターして、どの程度が心地よくなるか試行錯誤を続けてみようと思います。