チャージポンプ回路とは? LT1054とは?
チャージポンプ回路は別名スイッチドキャパシター回路とも言います。Fig.1は回路の基本形で、同期したa接点X2、b接点X2で表せます。a 接点がオン、すなわちb接点がオフした状態をMode1、逆にa接点がオフ、b接点がオンした状態をMode2とし、これらの状態を数kHz~数 10kHzで切り替えます。Mode1ではCinに充電され、Mode2では逆極性で放電されます。これで極性変換が達成できます。
fig.2はLT1054のブロック図を表したものです。LT1054はチャージポンプ回路ICですが、出力の電圧制御も可能です。接点部分は トランジスタースイッチで構成されますが、Q1のみ電圧制御のためにリニア制御が兼ねられています。(これが曲者)
LT1054使用上の注意点
殆どはDataSheetに書いてありますが、整理しておきます。
1)電圧制御不使用時の入力電圧Max.は15V
2)電圧制御使用時、その出力電圧を15V以下に設定すれば、入 力電圧は20VまでOK。3)定格出力電流 100mAは電圧制御不使用時の値。 電圧制御はCinの電圧を制御しますが、電流X入出力電位差の損失が発生します。この損失を処理するためにヒートシンク、パターンでの放熱が必要です。三端子レギュレー ターと同じように、抵抗により損失を分担させることも可能です。Cinと直列に抵抗を挿入します。このICのパッケージはDIP8Pなので適当な ヒートシンクが見つかりません。損失や直列抵抗値の計算式はDataSheet に記載されていますが、再掲しておきます。
損失 P=(Vin-|Vout|)X(Iout)+VinXIoutX0.2 直列抵抗Rx=Vx/(4.4XIout) Vx=Vin-[(LT1054の電圧損失)x1.3+|Vout|]
4) 電圧制御精度は低い。LT1054の電圧制御ゲイン=Vout/FBは約100倍です。(シミュレーションで) 一方一般的な三端子レギュレーターのLM317の場合、OUT/ADJは約1,000倍です。あきらかに劣ります。入力電圧が15Vを超えた場合に一旦 15V以下に落とすためのプレレギュレーターとして使用し、後段に三端子レギュレーターを入れたほうが良いと思います。
5)並列動作時の同期パルスには要注意。このLT1054は2個並列にして電流容量を増やせます。主 側の CAP+Pinから同期パルスを得て、従側のOSCPinに入力する方法がDataSheetに記載されています。基本的にはL=0V、H=2.5Vのパルスとしますが、 LT社のデバイスモデルでその許容値を調べると、L≤0.3V、H≥1.3V程度でした。LT社のデバイスモデルと回路例で検証したところ、 DataSheet記載のパルス生成回路はこの条件を満足できず、シミュレーションでは並列動作しませんでした。Q3のオン電圧が残り、0.3V 以下にならないことが原因のようです。実際の回路では動作するかもしれませんが、実験はしていません。
設計
1)仕様
入力;DC15VのACアダプター(古い東芝製ノートPC用)
出力:DC±12V ±200mA
2)回路構成(回路図を参照してください)
①正側は単純な可変電圧の三端子レギュレーター(LM317)
②負側の極性変換は2個 のLT1054の並列とし、電圧制御無し
③負側の定電圧制御はLDO(ロードロップアウト)の固定電圧三端子レギュレーター(LM2990T-12)
④できるだけ、損失を分散させて、ヒートシンク等は使わない
⑤同期パルス生成回路は動作するかどうか分からないDataSheet記載の回路は使わず、汎用高速コンパレーター(LM311N)を使用
3)損失計算(パワー回路なので、入念に損失、温度上昇を検討しなければなりません。)
①正側のLM317;損失はほぼ入出力電位差(15-12)X電流(0.2)=0.6Wです。 TO220パッケージの場合、ヒートシンク無しでほぼ1W程度許容します。
②極性変換のLT1054;前述の損失計算式で計算してみます。
損失 P=(Vin-|Vout|)X(Iout)+VinXIoutX0.2 (Vin-|Vout|)の項は入出力間電位差に相当しますが、出力電圧は電圧制御無しなので成り行きになります。DataSheet上の最大値1.6Vを使いま す。 P=1.6X0.1+15X0.1X0.2=0.46Wになりました。一般にDIP8Pのパッケージでは熱抵抗は130℃/W、パッ ケージ表面温度Max.は100℃と言われているようです。温度上昇は 130X0.46=59.8℃になります。周囲温度を40℃とする と、パッケージ表面温度は100℃になります。よってLT1054は特別な熱対策をしない限り、電圧制御では使えないということです。ただし、入出力電位差はバラツキ上の 最大値を使った値であり、計算式自体も簡略化され、余裕を含んだものなので、クリチカルではないでしょう。 正しい損失の計算式はシミュレーター(LTSpice)で損失のグラフを描かせると、表示されます。
P=V(FB)*I(FB)+V(CAP+)*I(Cap+)+V(CAP-)*I(Cap-)+V(Vout)*I(Vout)+V(REF)*I(Ref)+V(OSC)*I(OSC)+V(Vin)*I(Vin)
ちなみに、シミュレーターで損失計算させると、かなり低い値になりま す。これはモデルがバラツキの中心で作られているからです。
③負側のLM2990-T12;損失はほぼ入出力電位差(15-1.1-12)X電流(0.1)=0.38Wです。 LT1054の電圧ドロップは
DataSheet上の最小値(1.1)を使いました。TO220パッケージの場合、ヒートシンク無しでほぼ1W程度許容します。
製作と検証
基板はタカチ製のTNF53⁻79(53X79mm)の両面ユニバーサル基 板を使いました。両面基板はジャンパー線を被覆しなければならないことや、失敗した時にパーツを外しにくいなどの面倒な点はありますが、端子部な どが何より丈夫になるので多用しています。ステップ的にチェックできるよう、DIP8PのICはソケットを設け、数点のチェックPINを用意しま した。基板の左が正側、右が負側です。
シ ミュレーションと実際
左図は並列接続された2つのLT1054のそれぞれのCAP+PINの波形を上段に、波形成型後の同期パルスの波形を下段に示したシミュレーショ ンです。上段青が主側、赤が従側です。2つの矩形波出力は位相が反転しており、リップル低減に役立っています。
同期パルスが鈍っているのは、コンパレーターの性能ではなく、LT1054のOSC入力にコンデンサー(150PF)が内蔵されているためと思わ れます。このコンデンサーは外部同期しない時の自己発振周波数を決めるためのものです。
左 図は実際の波形を示しています。上段は主側LT1054のCAP+PIN、下段は同期パルスです。シ ミュレーションとほぼ同じ波形であることが分かります。実際の発振周波数は小さくて見にくいのですが、29.97KHzと示しています。 シミュレーションでは25.28kHzでした。
左 図は実際の波形を示しています。 2つのLT1054のCAP+PINの電圧で、青が主側、赤が従側です。やや矩形波出力のずれが気になるところですが、同期パルスの鈍りと OSCPINの閾値のバラツキが原因と思います。
シミュレーションや実際をCAP+PINの電圧波形で見比べている理由を書いておきます。
チャージポンプの機能が2つのLT1054で正常に動作していることが分かりやすいのです。本来、並列動作して電流バランスが1:1であることを 知りたいのですが、それにはそれぞれのVoutPINの電流を測定しなければなりません。アマチュアの私にとって、そのような機材は買えません。 CAP+PINの電圧波形がその代用です。
シミュレーションでの負荷は60Ω=200mA、実際のテスト時は68Ωの負荷で出力電圧は11.92Vでした。 I=11.92/68=175mAです。およそ90%ロードです。デバイスの表面温度を測る 温度計を持っていませんが、指で触ると、『あちっ!』という感じで触り続けることはできません。しばらく通電しておきましたが破損はしませんが、 かなり温度上昇します。感じですが80℃くらいではないでしょうか。
損失の測定
設計上、損失による発熱が一番心配なので損失を実測しました。左図がその測定時のブ ロック 図です。電流測定用に入力に電流測定抵抗RS=1Ωを挿入しました。左図に各部の電圧測定値を記入してあります。これらの電圧から損失を計算してみます。
負荷電流Id=Vd/RL=11.92/68=175mA
2XLT1054の負荷電流Ic=Id+1=175+1=176mA
(LM2990のGND電流を1mAとした。)
全入力電流Ia=(Va-Vb)/RS=(15.16-14.93)/1=230mA
2XLT1054の入力電流Ib=全入力電流‐LM317とLM311Nの回路電流(計算値)=
230-(2.34+5.68)=222mA
2XLT1054の入力電力Pin=VbXIb=14.93X222=3314mW
2XLT1054の出力電力
Pout=VcXIc=13.91X176=2448mW
2XLT1054の損失P=Pin-Pout=3314-2448=866mW これはLT1054が2個の値ですから、1個当たり866/2=433mW@175mALoadになります。この回路のLT1054以外の大きな損失はCINです。CIN はタンタルコンデンサーを使用していますが、購入したものの素性はよくわからず(多分、中国製か台湾製)、NECトーキンのカタログ値から類推す ることにしました。100uF16VのタンタルコンデンサはESR=50mΩ@100kHz、ESRは周波数に反比例するので、30kHzではお よそ165mΩになります。損失をPcとすると、Pc=(0.175X0.44/2)XX2X165=
25mW になります。2回路分を50mWとすると、 Pin=866-50=816mWになります。損失は前述の計算式によると、負荷電流に比例します。定格負荷 電流200mAはブリーダー抵抗分(2.2kΩ)とLM2990のGND電流を含んでいます。(11.92/2.2+1)/2=3.21mAを差 し引いて 100-3.21=96.79mA で損失を換算すると P=96.79/(175/2)X408=451mWになりま した。設計時は460mWでし たので、仮定やシミュレーションの値も使っていますが、ほぼ合致しており設計通りと考えてよいでしょ う。
作ってみて
設計時点から15V入力で12V200mAを取り出すことは限界であろうと分かっていました。実測してみる と、そのことが立証されてしまいました。実用上はさして問題はないのですが、今思えば、この電源はオペアンプ回路用ですから、12Vの電圧にこだ わる必要はありませんでした。負側も 可変電圧にしておき、12V以上に設定できれば、損失低減に大きく寄与します。ただし、負でLDOタイプの可変電圧レギュレーターは入手が困難ですが。(LT3015な ど)
電源電圧が15V以上の場合は
損失計算で分かるように、LT1054一つで12V100mAを取り出すためには、15V以下の入力かつ電圧制御無しで使わなくてはなりません。 入力が15Vを超えるときには、LT1054は電圧制御付きで使用し、出力電圧を15V以下に設定します。電圧制御した結果、出力電流100mA を取り出 すことが出来なくなります。このMax.電流が下がった定格になることをデレーティングといいます。
電源電圧が15V超の場合のCINは100uF→10uFに変更します。そのCINと直列に抵抗RXを配置します。Rxの値、Rxのデレー ティング後の損失、LT1054の出力電圧の設定値およびデレーティングの率を左図に示します。例えば、電源電圧が19Vの時、Voutを 14.5V、Rx=5.5Ωに設定した時に、Max.電流は 100mAX0.765=76.5mAになるこ とを示しています。LT1054の損失が450mWになる状態で計算をしました。Rxの損失は0.185Wですから、使用上は1W以上のものにな り、発 熱も大きく、基板の設計に苦労しそうです。抵抗値はE24系列で大きい側の値を使うとよいでしょう。上例では、5.5Ω→5.6Ωになります。